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コーネル・ホテルスクール留学記

コーネル大学ホテル経営大学院で学んだ記録です。

日記(2016年5月渡米)

 2016年の5月から、コーネル大学ホテル経営大学院に留学することになった。コーネルのホテル経営学は、ホテル経営学という極めて狭い分野の中で世界最高峰として知られている。僕が留学するのは、5月から1年間で修士課程を取得するMaster of Management in Hospitalityというコース。学生は、毎年40名〜50名で、日本からの留学生は毎年1人〜2人。今年は日本人は僕1人である。その他の国からの留学生は、中国が一番多くて今年は10人。残り留学生はインド、シンガポールからなど。それ以外はアメリカ人。
 留学に向け、3月くらいから毎週末荷物をパッキングしたり、アメリカに持っているべき物を揃えたり、寿司教室に通う、日本食を食べるなど、日本でしかできないことをやり貯めてきた。このように留学準備に追われていたにも関わらず、僕の場合は出発前にひどいホームシックに襲われていた。以前から夢だった海外大学への留学が20代の最後にやっと実現しようとしているにも関わらず、しばらく日本に帰れないことからくる不安の方が大きくなり、頭の中に浮かぶのは憧れの米国での学生生活のことよりも、日本でやりのことしたこと、しばらく会うことができない日本の家族や友人、慣れ親しんだ東京の街のことばかり考えていた。
 それでも、職場や友人が開催してくれた壮行会に出たり、暫く会えない親族に会いに郷里に戻ったりしているうちに出発の日がやってきて、気付けば成田空港からシカゴ行きANAに乗り込んでいた。


 コーネル大学があるイサカの街までは、成田からシカゴ・オヘア、シラキュース空港と乗り継ぎ、シラキュースからミニバンに一時間ほど乗っていく。イサカは、住民の大半が大学関係者で成り立っている典型的なアメリカの学生街で、カユガ湖という湖畔に位置し至る所に滝がある風光明媚な街、冬は寒いけれど勉強するにはいいところ、というのが日本にいる間に前に聞いていた情報だ。アメリカでの大学生活に無条件の憧れを抱いていた僕としては、「典型的なアメリカの大学街」という響きに強く惹かれていた。
 僕がシラキュース空港からイサカに到着したのは16時ころ。さっそく、予約していたタクシー会社に電話し、ピックアプを依頼した。ただっ広い空港の車寄せに遅れること30分、ようやくやってきたのは、黒人のファンキーなドライバーが運転する今にも壊れそうなミニバンアムトラックの駅で中国人の同乗者を乗せて、ようやくイサカに向けて出発した。ドライバーは、僕と中国人に「兄弟か?」と聞いてきた。
 英語に関しては、留学以前に国際関係の仕事をしていたし、TOEFLの点数も日本人としては高かったので、それなりに自信を持っていた。しかし、実際に外国生活をするのは初めてだし、特に日常会話は本当に通じるのか自信が持てなかった。
 「兄弟に見える?」と運転手に答えると、運転手は「いや、違うのは知ってるよ。ははは。」と答えて、自分の話をしはじめた。ドライバーはニューヨーク出身で3年前から自然に近い生活を求めてイサカに引っ越してきたという。いまにもラップを口ずさみはじめそうなファンキーな格好をしているのに意外だ。ただ、それ以上にショックだったのは、彼の喋っていることの半分以上がまるで英語でない別の言語のように聞こえてくることである。何か気の利いたことでも言おうと思ったが、やっぱり自分の英語が通じなかったらどうしようと思い、serisouly? wow! Okay…など適当に相槌を打った。
 中国人も、僕に「学生か」「コーネルでは何を勉強するのか」など質問してきた。彼は、彼の英語からすると恐らく中国系アメリカ人。それでも、なぜかドライバーより親近感が持てるのは不思議だ。


 一時間ほどで到着したイサカは、古くて薄汚れた建物、むわっとする草のような異臭、昼間から酒を呷っている若い学部生、そしてそこかしこにある急峻な坂道が印象的だった。静かな湖畔の学生街で静かだけどチャレンジングな学問漬けの生活を想像していた僕は正直面食らってしまった。後から思うと、昼間から学生が酒を呷っているのは冬が終わって夏休みを迎えたからで、この時期は春学期の終了を祝う学生が街に溢れる特別な時期だからだった。
 ドライバーは汚い煉瓦造りの建物の前で車を停め、「ここがお前が行き先をリクエストした住所だ。」という。住所を再度確認したが間違えはない。ANAの赴任パックで持ってきたヤマトの段ボール3つをミニバンから降ろし、運転手に礼を言うと、運転手はやはりファンキーにウインクして親指を立てた。
 僕が住むアパートは中国人クラスメイト2人とのルームシェア。全部で4部屋の小さなアパートだけど、そのうちの3部屋はホテルスクールのクラスメイトが借りている。ルームシェアをした方が語学の上達も早いだろうと、facebookで日本にいるうちに決めてしまった。家賃は1人当たり月850$と東京と比べても決して安くはないけど、これでもイサカの他の物件よりはだいぶ安い。
 でも、実際にアパートに足をアパートの中は驚くほど汚くて古い。ところどころで塗装が剥げているし、そもそも埃をかぶってるところが多い。ここで一年過ごすのかあ。。今から何とか別のところに移れないかなあ。。
 しばらく荷物を整理していると、ルームメイトがウォールマートに連れて行ってくれるという。ルームメイトの名前はRとG。Rは学部はネバダ大学ラスベガス校で、hospitality managementを勉強した後、スターウッドに就職した、Gは中国の大学の学部で2年間hospitalityを勉強した後、オクラホマ州立大学に編入して、そこで卒業。しばらくホスピタリティ関係のコンサルティング会社で働いた後に、不動産金融の方向にキャリアチェンジするために、そしてアメリカで就職するためにコーネルに来たとそれぞれ語っていた。
 ウォールマートは噂には聞いていたがとにかく大きい。大きな1棟建てのただっぴろいハコの中に、これでもかと商品が並んでいる。天井も高く、入り口から向こうが見渡せる。アメリカには仕事でよく来てたけれど、仕事ではNYやDCなどの東部の大都市が中心だった。それと比べてイサカの人口はたった3万人しかいないのに、こんな大きなショッピングモールがあるとは。ウォルマートでは、部屋のカーテンとミネラル・ウォーターを買った。
 その日はフライトの疲れと時差で、部屋に帰ってすぐベットに向かい、そのまま泥のように眠った。

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坂の多いイサカの下宿街。


 到着の翌日からはオリエンテーションに参加。ルームメイトの中国人と一緒にスーツで教室に向かう。実は、プログラムのオリエンテーションは既に3日前から始まっていたのだが、仕事の都合で今日から参加する。教室までの道すがらは、今にも転げ落ちそうな急な坂を登り、大学の門、カレッジタウンの学生街、キャンパスへ向かう林の中の歩行者通路、キャンパスを流れる滝、構内の緑緑とした芝生など、新しい景色に目移りしそう。

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大学構内を流れる滝。

 教室に入ると、教壇を中心にすり鉢状になっている教室に多くのクラスメイトが腰かけていた。僕はルームメイトと一緒に3人掛けの席に座る。間もなく、ハゲた担当者らしき人が登場して、「今日遅れて参加した人がいます。」「出身はどこですか?」「東京からイサカまで何時間かかった?」「今まで何をしていた?」など僕に質問し、皆に僕を紹介した。
 しばらく、Student Organizationの紹介などの時間があり、休憩時間に。教室の外にコーヒーや軽食が用意されていて、めいめいに軽食を取りながら新しいクラスメートと話をする。既に何日か一緒に過ごしているからだろうか、クラスメートは幾つかのグループに分かれておしゃべりをしていて、中国人の男子、中国人の女子、アメリカ人のグループ幾つか、というのが大きなグループだ。ルームメイト以外に知り合いはいないし、中国人グループは中国語でしゃべっているし、アメリカ人グループにいきなり入っておしゃべりをする自信もなかったので手持ち無沙汰になってしまった。とりあえず、軽食のピザに熱中しているふりをしていると、インド人の男性が話しかけてきた。自己紹介をして「何か困ったことはない?」と聞いてきてくれたが、彼が何をしゃべっているか全然わからない。以前の仕事でだいぶ各国の訛りには慣れているつもりだけど、彼がしゃべる英語については単語や言い回しの意味自体を理解できなくて、会話もよく分からない感じで終わってしまった。このインド人男性の英語は実はアメリカ人でさえよくわからない田舎くさい言い回しが多いということがわかったのはそれから3か月くらいして、クラスメイトと打ち解けた噂話の場でだ。
 その日は時差ぼけの気だるさも残っていたのと、思いがけずクラスメイトと会話できなかったショックが重なって、オリエンテーションが終わると逃げるように下宿に戻った。

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クラスメイト。英語力に対する劣等感に押し潰されそうだった。