コーネル大学・ホテルスクール留学記

コーネル大学ホテル経営大学院で学んだ記録です。

【書評】デービッド・アトキンソン 新・観光立国論

以前、日本にいた時にさらっと立ち読みしたことのあるデービット・アトキンソン氏の『新・観光立国論』をkindleで購入して読んで見ました。ホスピタリティ産業の観点で何点かコメントをしたいと思います。

1.観光立国のためのマーケティング

読んでいて最も印象に残ったのはこの章です。観光立国という切り口で、主に日本政府を含む中央政府レベルで、外国人を対象にした観光マーケティングについて論じています。アトキンソン氏は、日本は観光産業においてセグメンテーション・ターゲッティング・ポジショニングや、マーケット・ミックスなどマーケティングの基本戦略が十分に練れていないと言います)。そして、外国政府の優れたマーケティングの例として、豪州政府によるマーケティングの例を示します。そのマーケティングの内容とは、豪州政府がハミルトン島の魅力をブログで発信する管理人を半年で約1,000万円の報酬で募集したところ、サイトがダウンするほどのアクセスを集めたというものです。

この議論は、問題を単純化しすぎていると思います。コトラーマーケティングの基礎をしっかりやろうねという範囲ではアトキンソン氏の議論にも意味があると思うですが、解決しなければならない問題はもっと複雑だと思うのです。一番の違和感は、観光立国にあたり中央政府マーケティング活動をことさら議論するのにあります。第一に、中央政府マーケティング活動の成果の測定するとしても、訪日観光客数に及ぼす他の因子(諸外国の実質GDP・為替など)が多すぎるため、有効なKPIの設定が難しいく、効果的なマーケティング活動を行うのは簡単ではないでしょう。アトキンソン氏指摘の豪州についても、当該マーケティング・キャンペーンを行ったのは2009年ですが、キャンペーンのサイトがバズったのはいいとしても、データを見てもそれが豪州への外国人観光客数にどう貢献したかはわかりません。

f:id:Akshay13:20171031115312p:plain

第二に、マーケティングにおいては売り出す商品の取捨選択をする必要がありますが、中央政府が自国の異なる観光地という観光商品の取捨選択をしやすい組織なのかということも考える必要があります。公平の観点から、満遍なく地方の観光地を紹介しなくてはいけなくなるなどの可能性が大いにあるでしょう。その場合に問題になるのは、日本という経済的に大きすぎる観光地をマーケティングする難しさです。マーケティングミックスの観点で売り込む観光地をプロモーションし、日本全体での経済的受益を最適化するだけではなくて、観光地としては魅力が薄く将来的に伸びる可能性も低い地域に対しても地方創生の名の下にマーケティングのリソースを投下しなくてはならなくなる、というのはいかにもあり得そうなシナリオです。第三に、他国の中央政府は観光政策をどうしているのかということです。アトキンソン氏が言う観光収入の多い米国、フランス、イギリス等は中央政府による観光予算が日本並みに少なく(http://www.nilim.go.jp/lab/bcg/siryou/kpr/prn0022pdf/kp002206.pdf)、中央政府による中央政府が観光政策に力を入れている訳ではありません。私としては、外国政府のことはあくまで外国政府のことなので参考程度にすればいいと思いますが、アトキンソン氏が日本においては中央政府が観光マーケティングをしっかりするべきだと主張するのなら、少なくとも他にも選択肢がある中でなぜ中央政府が観光マーケティングをすべきなのか、そしてそれにはどのような問題が付随するのかくらいは提示すべきだと思います。(本書からは読み取ることができませんでしたが、地方政府や民間によるマーケティングが必要といううことなのかもしれませんが。)

2.高級ホテルが不足している/高級ホテルを整備すれば超裕福層がやってくる

アトキンソン氏は、日本の高級ホテルは帝国ホテルレベルでも一泊40万円程度なのに対して、超富裕層が泊まるのは世界の高級ホテルは400万円以上であり、観光にお金を落とす超富裕層を日本に呼び込むには超高級ホテルを整備する必要があると説きます。

ファクトとしては、帝国ホテルやリーガロイヤルの最高級スイートは一泊100万円程度するので、さすがに一泊40万円程度が日本の上限ということはないです。ただいずれにしても、東京や京都という都市や日本のリゾート地の格を考えた場合、NYC・ロンドンやスイス・ギリシアには敵わないのは事実ですし、超高級層向けの部屋が少ないのは需要を反映していると言えます。

他方で、アトキンソン氏が主張する、高級ホテルを整備すれば超裕福層が日本にやってくるかというのも論点です。私も、高級ホテルが日本に多くできれば超富裕層のうち何人かは日本にやってくると思います。しかし、本当の問題は、超富裕層が日本に来るかとどうかといった誰のメリットになるのかわからない抽象的な問題ではなく、日本で高級ホテルがビジネスとしてワークするかだと思います。アトキンソン氏の主張は、日本のホテル業界が超富裕層を取り込んでビジネスとして成立させるチャンスを逃しているということなのでしょうか、それとも中央政府が超富裕者層を日本に呼ぶために採算はある程度度外視して高級ホテルを整備するための何らかの政策を立案すべきだと言っているのでしょうか。前者だとすれば、少なくとも既存のホテルのスイート・ルームの空室率は指摘するべきですし、後者だとすればその政策がどのようなロジックでjustifyされるかは最低限言及すべきでしょう。